学校は何のためにあるのか。なぜ教育が必要なのかARTICLE

前文部科学省事務次官 前川喜平氏と考える「教育」

教員向けに開催された前文部科学省事務次官の前川喜平氏の講演「学校は何のためにあるのか」。今の教育の原点をさかのぼり、懸念すべきこと、子どもたちが本当に身に付けるべき力について、お話しいただきました。

覚えることに特化した歪んだ『学力』の向上に偏っていないか

すべての子どもたちが一つの答えを追うのではなく、十人十色、それぞれの答えがあっていい。10人の子どもがいたら、10個の答えを持ち寄り、議論し、その時々で一番いい答えを決められればいい。

そのためには一人ひとりが考える力を持ち、世の中にある問題・課題を「自分事」として考えられるように、ならなければならない。

ダヴィンチマスターズではこうした考えに基づき、子どもたちの「自立」のために何ができるかを考え続けています。

ところが経済への不安からか、一度は子どもたちの個性の尊重が声高に叫ばれた「ゆとり教育」期を越え、国際学力調査(PISA、TIMSS)の結果に一喜一憂し、順位の変動によって文部科学省の方針も変わっているようにも見えます。

「『ゆとり教育』と呼ばれていた時代(主に1999年の学習指導要領の全面改正・2002年からの実施・2008年3月の改定による脱却まで)は、必要なものを最小限に抑えて、自分たちで考えていくことが重要とされました。47都道府県の名前と県庁所在地や円周率、台形の面積の求め方を覚えることよりも、考える力を身に付けることが見直されたのです」(前川氏、以下同)

ところが現在は、また「覚える」ことの価値が高まるような、画一的な教育が評価される傾向が出てきていると前川氏は指摘します。

「中学校では球の表面積や体積を求める公式を覚えることになっています。でも実はこれは、高校で取り組む微積分を学ばないと理解ができないものなので、中学生が解こうとすると単なる暗記問題になってしまいます」

こうした「覚える」教育に拍車をかけたのが2004年の第2次小泉改造内閣で文部科学大臣になった中山成彬氏が実施を打ち出した全国学力テストだと前川氏。

「文科省の中では、全国学力テストの実施によって弊害があることは分かっていました。特定の教科を単純にペーパーテストで測るとなると、また『覚える』教育の価値が高まり、競争にもなりやすくなる。こうした競争は自ら学ぶ力が付くどころか、覚えることに特化した楽しいとは言えない、歪んだ『学力』のアップにしかつながりません」

求められるのは「気付き」を大事にできる授業の提供

全国学力テストに加え、世界各国の15歳の学力を測る国際学力調査(PISA)もまた、日本の教育に影響を与えています。

2019年12月に最新の結果が発表され、日本の子どもは科学が529点で前回の2015年時と比べると3位下がり5位に、数学は527点で1位下がり6位になりました。とはいえどちらもトップレベル。

一方で、以前から課題とされている読解力は前回より低い15位。この結果が教育方針に大きく影響してくることは容易に想像できます。ただ、読解力を上げるために何をするのかとなったときに、やみくもにペーパーテスト対策をするのでは意味がないということに、気付かなければなりません。

「さらに問題はアンケート調査の結果です。2015年の調査時、子どもたちは数学や科学の学習が楽しいかというアンケートに対し、国際的に見て日本の子どもたちが『楽しくない』と回答する率が高かった。また、将来役に立つかという質問に対しても、他国に比べて『役に立たない』と答えている率が高かった。しかも自己評価が低いのです」

(出所)社会実情データ図録

学びが楽しくなく、役に立つとも得意とも思えず、ついていけなくなるのではないかと心配しながら学習している──それが日本の子どもたちなのだと前川氏は指摘します。

「本来、学ぶ意欲が大事で、意欲を高めるためには学習の動機付けが重要です。そのためには子どもたちのいろんな疑問や疑念、気付きを大事にできる授業を提供しなければならないでしょう」

自らの「何故だろう」から出発し、学ぶことが知る喜びにつながると前川氏。

「それこそが、古代から続く『学問』としての発見であり、追体験が学びだと思います。子どもたちもアルキメデスのように『エウレカ』と叫べる学問が求められているのです」

答えは一つではない、教材は教科書だけではない

最後に前川氏は、この10年──2006年の教育基本法の改正、2007年の全国学力テストのスタート、2018年からの道徳の教科化による問題点を指摘します。

「特に道徳の教科化は子どもたちを一つの型にはめてしまうような教育につながりかねません。『●●学校スタンダード』といった学校内での生活のルールや、厳格化する校則などの広まりも同様です。本来そうしたルールは最低限ではなければならない。子どもにも、人権はあるのです」

教育関係者や保護者が子どもたちの尊厳や人権を尊重し、そのうえで主体性のある学習者として子どもたちを扱っていく。それが、子どもたちの自ら学ぶ力を付けていくために必要な姿勢だと前川氏は言います。

「それが学校教育に求められるものだと私は思っています。教育者の皆さんには、道徳の授業には注意を払っていただきたい。教科書をそのまま読むのではなく、途中で止めて自分たちで考えさせる『中断読み』授業の仕方も導入してみていただきたいと思っています」

文科省も学習指導要領の解説において、答えは一つではない、教材は教科書だけではないとしています。

「教育関係者のみなさんにも、保護者の皆さんにも、教科書という型にとらわれすぎず、子ども自身が学ぶ力を付けられるようにサポートして言っていただければと思います」

プロフィール

前川喜平(まえかわ・きへい)
前文部科学省事務次官。1955年、奈良県生まれ。東京大学法学部卒業。1979年、文部省(現・文部科学省)入省。文部科学省初等中等教育局教職員課長、大臣官房総括審議官、官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官、文部科学事務次官を歴任し、2017年に退官。現在は、自主夜間中学のスタッフとして活動しながら数々の講演会で登壇している。寺脇研氏との共著書に『これからの日本、これからの教育』(ちくま新書、2017年)がある。

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