38歳になった我が子の姿を思い描いてARTICLE
大館市教育委員会 教育監 山本多鶴子氏講演 「高い学力の秘密は、学校と家庭と地域の連携に! 秋田県大館市の教育とは」より【後編】
子どもたちを学校と家庭との両輪で育てていく
小中学生の学力検査で常に上位にある秋田県の中でも、トップクラスの結果を出していることで知られる大館市。
その背景には「秋田県には、学校優先という県民性があることが大きいでしょう」と山本さんは言います。
前編でもお伝えした通り、学習塾がほとんどない大館市では、学校での授業が大きなウェイトを占めています。
加えて「各家庭で、家に帰ると宿題をしなさい、家庭学習をしなさいという声掛けをしているんですね」
また「学校でこうした活動がある」と知らされれば、それを優先したうえで家族の予定を立てるのが大館の子育て。
これは先述の通り先生方が授業にかける思いの強さが各家庭に伝わっており、だからこそ「教育への期待が大変大きく、学校への協力につながっている」からだと言います。
子どもたちを学校と家庭との両輪で育てていくという風土が、培われてきているのです。
「もちろん、大館が初めからこうだったわけではありません。20~30年前は、給食費の未納もたくさんありました。
でも今は学校に対する思いがあり、学校のことを最優先にと思って、保護者の方々がしょっちゅう学校に足を運んでくださり、一緒にいろいろな活動をしている。
結果的にこの5年、給食費の未納がゼロになりました」
家庭学習も「今日は何をしようかな」と自分で考える
ところで家庭学習ではどのような内容を学んでいるのでしょうか。
さぞかし先取りをしているのだろうと思いきや、「大館の場合、家庭学習で予習はほとんどしません。メインは復習です」と山本さん。
「学校での学習をすでに履修していると、学校での学びに新鮮さがなくなりますよね。
学校の先生方は初めて教材に出会った時の感動や、『はてな』をうまく利用して授業をしていきます。ですから教科書を回収して教室であずかるケースもあるのです」
また復習といっても、直接的な宿題が出されるばかりではないのだそう。
「ほとんどは今日は自分で何を勉強しようということを考えさせる学習です。
子どもたちは『家庭学習をしなさい』と言われると、『今日は何をしようかな』と自分で考えるのです。この振り返る時間が大切なのです」
例えば今日は理科の時間にテストがあったけど間違いがたくさんあったなと思い返せば、その理科のテストを机の上に出して間違えたところを勉強し直す。
あるいは国語の時間に新しい漢字が出てきたけど、それが全然読めなかったな、書けなかったなとなれば、漢字練習をしようとなる。
子どもたちは1日の学習の中で何ができていなかったか、なぜ間違えたかな、どこができていなかったかを自分で考えることで、主体的に学ぶ姿勢をより高めていけます。
「平日の家庭学習の時間は中学校3年生でもせいぜい1時間半。でもやらなければならない勉強ではなく、子どもたちが自分に必要だと思う勉強を自分で見つけてやることに意味があるのではないでしょうか」
困難にも立ち向かう意欲や、課題解決をする能力をどうつけるか
こういった秋田方式の教育の在り方ですが、もう一つ、大切にしているのが「直接体験」です。
ここでも、子どもたちが自ら気づき、試して、工夫して、実感するという体験を重視しています。
学校での教科学習の授業もそうですが、それ以外の地域での活動であったりボランティアであったりも大事にしているのです。
「これからは人間力が立つ時代」だと山本さん。知識として分かった、できるということを求める従来の教育が役に立つ時代ではないのです。
「高い志を持ってどんな困難にも立ち向かおうとするような意欲や、課題解決をする能力、そういったもの大事だろうなと思っています。
個人の幸福だけを追求するのではなく社会全体の幸福あっての個々人の幸福も成立する。
そうした意味で特に学校教育の中では仲間と一緒に社会を創っていくということで、共感性、協調性が大切。だからこのような教育になっているのです」
こうした能力をつけていくための実践は、家庭の中でもできると山本さんは言います。
親は子どもが失敗しないようにと、転ばぬ先の杖を用意してしまいますが、できるだけ家庭の中でも子どもが試行錯誤し、失敗するチャンスを与える。
そしてこうしたから失敗したんだなということを、実感していく。そうした体験──子どもが自ら選択する場を提供することは、家庭でも可能なのではないかというわけです。
「はてな」に出会う様々な機会を見つけて
「よく、私は講演会で、『38歳になった我が子の姿を思い描いてください』とお話ししています。
これは38歳になった我が子が社会の中で自分のやりがいをもって、家庭を持って幸せに暮らすためには、今、口を出すことを我慢をして、子ども自信に判断させたほうがいいかもしれないということなんです」
目の前で子どもが困っていると、つい手を貸したくなりますが、それでは38歳になった子どもが困るようになってしまうかもしれない。
「今、どんな経験が必要かを考えることが重要でしょう」と山本さんは言います。
「今の世の中はいろんなことがシミュレーションできる世の中です。VRによって体感できることが変わり、海でサーフィンをする疑似体験も海外旅行をする疑似体験もできるでしょう。
でも、小さいときからの直接体験が、子ども自身の様々な能力を高めるために重要です。
もし、学校など今、子どもが通う場所にそうした体験が提供されていなかったら、親御さん自身が、『はてな』に出会う様々な機会を見つけてみてください。
そして子どもと一緒に参加するなど、直接体験を増やしてみてください」