子どもの非認知能力を高めるための親の役割ARTICLE

保護者向け講演会「子どもの非認知能力を高めるための親の役割」より【後編】

2019年2月3日(日)に大阪大学(大阪吹田市)で開催された「第12回ダヴィンチマスターズ」。小学校1年生から3年生までの子どもを対象に、実験や観察などの体験を通じて科学や数理への興味を抱く“きっかけづくり”を行なうプログラムを展開しました。
同時開催の保護者向け特別講演会「子どもの非認知能力を高めるための親の役割」では慶應義塾大学 総合政策学部 中室牧子教授による基調講演の後、中室教授、灘中学校・高等学校の和田孫博校長、SAPIX YOZEMI GROUPの高宮敏郎共同代表が登壇。
この講演からダヴィンチ☆マスターズが注目するポイントをいくつか皆様にお届けするレポート、後編です。

4.「友達」が非認知能力に与える影響

中室先生は著書、『「学力」の経済学』の中で、友達が周りにどういう影響を与えるかについて、良い面、悪い面の研究について言及されていますが、やはり友達の影響は大きいのでしょうか?

「例えば、私が学生に『英語は勉強したほうがいい』という話をしても、学生たちは基本的に馬耳東風。ところが就職活動が始まると『先輩から英語を勉強したほうがいいと言われました』と報告しに来たりします。彼らは友達や先輩の話には耳を貸しても、教員の話には耳を貸さないわけです。それくらい友達の影響が甚大なのです」(中室先生)

こうした友人から受ける影響に関する研究は数多くあると中室先生。「経済学では『ピア効果』と呼びますが、学力、貯金、ゴルフ成績、肥満などまで、様々な面で子どもも大人も身近にいる人から互いに良い影響・悪い影響を受け合うことが分かっています。その中で重要なのは、子ども本人が、『自分はあの子よりできない』などというような自分の能力を過小評価しないように、子どもたちを支えてあげるということだと思います」(中室先生)

一方、男子には競争し合う環境が良い効果を生む視点から「灘校ではそうした傾向は見られますか」との高宮氏の問いに、和田校長は次のように回答しました。

「灘校には各々、自信を持って合格してくる子が多いのですが、優秀な生徒が多いだけに、入学後に『この分野では彼にはかなわない』という相手を見つけやすく、そのことによって冷静になる傾向があります。そこで『もうだめだ』と自尊心を失ったりしないのが灘校の生徒の特徴でもあり、『この分野でかなわないなら、自分は違うところで良いどころを出そう』と個性を伸ばそうとする傾向があるんです」(和田校長)

こうした「個性の伸ばし合い」は在学中にだんだん醸成されていくようだと和田校長は言います。

5.悪友の影響も自制心があれば良い面だけ受けられる

友達との関係が与える影響の大きさが語られたところで、高宮氏が「悪友について、和田校長は何かエピソードをお持ちなのでは?」と質問。日本語では必ずしも善悪の悪という意味だけではない、深い意味のある「悪友」について、「私自身、灘校出身なのですが、自分の同級生には確かに『悪友』はたくさんいますね」と和田校長。

作家の故・中島らもさんや、かまぼこやのカネテツデリカフーズの現社長である村上健さんなど、錚々たる同級生がいるそうですが、特徴は「それぞれ自分の好きな道を進んでいっている人がたくさんいること」だと言います。

「例えば、身を持ち崩してしまうような同級生もいるわけですが、そこに友達だからと付いていくのではなく、『あれはあれで放っておいたらいいや、自分はそこまではいかない』という判断ができるということも、『自制心』『自律心』があればこそではないかと思うんですね。多くの学校がそうかと思いますが、試験期間中は昼までで終わり、午後からは体自体は空きます。でもそこで次の日も試験があるから、たとえ悪友が『遊びに行こう』と誘ってきても、『試験期間中は勉強しないと』と断るのが自制心であり、そういう精神は灘校の生徒の中にはあるかなと思います。だからこそ、良くない風潮は蔓延しない」(和田校長)

互いの個性を尊重しながらも、それに流されないような自制心を育むことが、どのような環境においてもその子の能力を伸ばすためには重要なわけです。

6.困ったときは学校や塾を頼っていい

講演の終わりには、中室先生、和田校長からメッセージをいただきました。

「『「学力』の経済学』で書かせていただきましたが、褒めるということは、自尊心や自己効力感を高めるために非常に重要な行為だと思います。一方で、褒め方について懸念をお持ちの親御さんも多くいらっしゃいます。

そこでお伝えしたいのが『能力を褒めてはいけない、努力を褒めなければいけない』という伝統的な心理学の研究です。これは能力を褒めてしまうと、成果が出た時も出なかったときも、能力のせいにしてしまいますが、努力を褒められると、成果が出た時に努力をした結果であると考えるので、次もそれが努力につながるというものです。

さらに、私自身が手掛ける研究の一つに、努力を褒めることに加えて、あと一歩のやる気を引き出すような声掛けができると、子どもたちの学習時間が飛躍的に伸びるという結果が出ているものがあります。

ですので自尊心を高める、自己肯定感を高めるのと同時に、次の努力を引き出すような声の掛け方ができれば素晴らしいのではないかと思います」(中室先生)

「『偉人のことば』という本を監修させていただいたのですが、偉人は挫折をしながらも、そこで頑張り抜く力を持っています。灘校の校是『精力善用』『自他共栄』を唱えた講道館柔道の創始者で、本校創立時の顧問、嘉納治五郎先生の『人に勝つより自分に勝て』という言葉も紹介させてもらっていますが、つまり自律心・自制心を持っていかに自分に勝つかということが、自分が立派になっていけるかどうかを決めるのではないかと思うんですね。そういう意味において、非認知能力を鍛えることは、大変重要なのではないかと思います」(和田校長)

高宮氏は最後に「共働きでなかなか子どもと過ごす時間がなくてどうすればいいか、という懸念をお持ちの方がいらっしゃることと思いますが、それも『「学力」の経済学』の中にある通り、ご家庭だけで抱え込むのではなく、困ったときは学校や塾を頼っていいと思っていただければ」とお話されました。

家庭だけが、非認知能力を高める場ということではありません。多様な体験は、外部に頼ることで得やすくなることもあることでしょう。家庭内でだけ悩むのではなく、ダヴィンチ☆マスターズとしても、ぜひ、多くの「体験」の機会に目を向けていただければと思います。

プロフィール

慶應義塾大学 総合政策学部 中室牧子教授
1975年奈良県生まれ。1998年慶應義塾大学卒業。米ニューヨーク市のコロンビア大学で学ぶ(MPA, Ph.D.)。専門は、経済学の理論や手法を用いて教育を分析する「教育経済学」。日本銀行や世界銀行での実務経験がある。2013年から現職。産業構造審議会等、政府の諮問会議で有識者委員を務める。著書「『学力』の経済学」(ディスカヴァー・トウェンティワン)は発行部数累計30万部のベストセラーに。津川友介氏との共著『「原因と結果」の経済学』(ダイヤモンド社)も。

灘中学校・高等学校 和田孫博校長
1952年大阪府生まれ、灘中学校・灘高等学校出身。1976年に京都大学文学部卒業後、母校に英語科教諭として着任し、野球部の監督・部長を務める。2007年より現職。「精力善用」・「自他共栄」の校是の下、「生徒が主役の学校であり続けよう」というスローガンを掲げている。共著に『教えて! 校長先生 – 「開成×灘式」思春期男子を伸ばすコツ』(中公新書ラクレ)、監修に『未来の扉をひらく 偉人のことば』(新星出版社)がある。

SAPIX YOZEMI GROUP共同 高宮敏郎代表
1974年生まれ。1997年慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)に入社。2000年4月、祖父(故高宮行男氏)の興した学校法人高宮学園に入職。同年9月から米国ペンシルベニア大学に留学し、大学経営学を学び、教育学博士号を取得。2004年12月帰国後は、同学園の財務統括責任者として従事し、2009年から現職。

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