解剖から類推力を養い、食事の時間で本当の “食育” を学ぶARTICLE
学習院女子大学国際文化交流学部 品川明先生から学ぶ
本当の “食育”(第10回 ダヴィンチマスターズ)
“あさり” や “にぼし” の解剖から類推力を養う!
「第6回 ダヴィンチマスターズ」では「二枚貝の不思議」というコンテンツで “あさり” の解剖を、そして今回の「第10回 ダヴィンチマスターズ(in 京華女子中学高等学校)」では “にぼし” の解剖をしました。これらのコンテンツを通して、子どもたちにどんなことを伝え、身につけてほしいと思っていますか?
ー “あさり” も “にぼし” も生き物で、形は全然違いますが、私たち人間と同じような構造を持っています。まずはそこの気付きを得てほしい。そしてそれぞれの臓器が、どのような役割を持っているのかを自分の中で決めていく、ということをやってほしいと思っています。
これはアナロジー(Analogy)といって「類推力」を働かせることにつながります。小学生低学年でも人間の体について知っていることがあります。“あさり” や “にぼし” を解剖して体の中にある臓器を見たとき、自分の体と比較して、それがどんな役割を持つ臓器なのかを類推から知ることができます。この何かと比較して類推する能力というのは極めて重要な学習能力で、それを養い、発揮してもらうためのコンテンツなんです。
ー そのためには、まったく知らないものよりも、普段よく食べている、身近にある “あさり” や “にぼし” がいいということですか?
そうです。類推力を働かせやすいですし、そこから想像性を膨らませることも重要です。そして自分で決定したことをみんなで共感する、なんでも話せる場づくりも重要だと思っています。また、普段食べているものって意外と知らないことが多いので、“知らないんだ” という事実を知るということも、とても大切だと思っています。
そこからさらに、生きていたものを食べることによって自分の命が引き継がれる、というところまでやりたいのですが、1時間のコンテンツではなかなか難しいですね。
ー 類推力が身につくと、どんなことに役立ちますか?
類似性から予測することができるようになりますし、洞察力がつきます。自分の体の中にある臓器と、にぼしの中にある似た臓器を見つけ、それは同じような役割を持っているなということがわかり、そうすると応用力がつきます。応用力のない情報には意味がないんですね。
教科書で人体の構造を習ったとして、それを本当にわかっているかは、あさりやしじみ、にぼしに対して応用できる子は、しっかり把握しているということがわかります。
食べ物と対話してその特徴を自分の言葉を紡ぐ
ー 今の子どもたちを見て、全体に言える傾向のようなものや、昔との大きな違いはありますか?
同じだと思いますね。それに今の小学1~3年生あたりの子どもたちは自分に正直ですよね。中には親の影響をすごく受けている児童もいますが、自分の自由な発想や感覚を持ち合わせている子も多いので、この時期の教育はすごく重要だと思います。
ー よく、日本人は質問しないとか、発言しないと言われますが、「ダヴィンチマスターズ」に参加している子どもたちを見ていると、みんなよく手をあげるし、みんなの前で自分の考えや意見をしっかり話しています。それをそのまま伸ばすには、どうしたらいいでしょうか?
中学受験があるので、小学4年生とか、そのあたりで「間違えちゃいけない」「間違えたら恥ずかしい」という気持ちが芽生えるのかもしれません。親はたとえ間違えていても、自分の考えを話せることは素晴らしいということを、首尾一貫して、子どもに伝え続けた方がいいですよね。
また高校受験、大学受験もあるので、情報を入手して学校やテストの成績をあげることは必要です。自分の自由な発想や自己決定した概念は自分の中にしっかりと持ち合わせておき、受験の際は、受験のスタイルに合わせるという切り替えが必要ですね。自由な発想は大学に入ってからまた伸びるので、子どもにもわかってもらうためには、そういうことを話す時間をたくさんつくる。それには食事の時間はすごくいいと思います。
そしてそのときに、「食のコミュニケーション」を行なうのもいいですね。「食のコミュニケーション」は、食の感じ方を親子で話すということがひとつ。もうひとつは、食の言わんとしていることを自分が感じ取ることです。
食べ物にはそれぞれ特徴がありますよね、歯ごたえとか、歯触りとか、それは同じ食べ物を口に入れても、他の人とは違う自分だけの感覚です。その感覚、この食べ物にはこういう特徴があるとか、食べている食べ物と自分が会話するということです。食べ物と自分のコミュニケーション。あなたはこういう味なんだ、こういう硬さなんだ、今は旬の時期だから私に食べてほしいと思っているんだとか、ちょっとおかしいかもしれないけど、そういう対話を自分と食べ物のあいだでしながら、言葉をつくるんです。
食の見えない部分を知ることで,食べ物の物語が見えてくる
ー 品川先生は「味わい教育」というものもされていますが、それも同じですか?
「味わい教育」は自分の五感をしっかり働かせることによって、食の見えないところをちゃんと感じ取って、つながりも含めて、もっと広い範囲で食を認識するという教育です。
食は自分の感覚でしかわからないけど、それは食の一部で、食の見えない部分とは、どこで育ち、誰が育て、何を食べていたかとか、収穫、漁獲されてから何日経っているか、流通させるにはどんな社会が必要になるかとか、そう考えると、私たちのところに来るまでにたくさんの介入者がいるわけです。それがわかると、たとえばその魚には見えない要素がたくさんあるということと、単に口の中から胃袋へ移動するようなものとは異なる物語が見えてきます。そうすると「いただきます」「ごちそうさま」の意味が違ってきますよね。食を通して倫理観や社会性を培ってもらえればと思っています。
ー「食のコミュニケーション」や「味わい教育」も含めて「食育」という感じがします。その意味では、今の「食育」はまだその一部分という感じですね。
今の一般的な「食育」よりも、もっと根底のものという認識ですね。知育、徳育、体育の前に食育があるといったときの食育は、おそらく、この根底も含めてのことだと思います。
ー 品川先生は「ダヴィンチマスターズ」の実行委員も務めていらっしゃいます。「ダヴィンチマスターズ」では、今後どのようなことに取り組んでいきたいですか?
ダヴィンチマスターズが推進していることと私のやっていきたいことは同じなので、やっぱり、子どもの感性、想像力を高めることをやっていきたいですね。好奇心と概念形成がなされるワクワク、ドキドキするプログラムはたくさんあるので、それを取り入れて、私の場合は食べられないコンテンツはやらないので(笑)、食とつなげてやっていきたいですね。
そして、食べ物の見えない部分への “感謝” や “おかげさま” を感じ取れる人をひとりでも多く育てたいと思っています。
プロフィール
品川 明(しながわ あきら)
1955年、宮城県石巻生まれ。農学博士。学習院女子大学教授。専門分野は「味わい教育(フードコンシャスネス論)」、環境教育、水圏生物化学・生理生態学、ファシリテーションスキル、コミュニケーション論。「自分の味わい力を確かめるとともに五感力や味覚力を発展させ、食べ物の味わい方やその背景を知ることが大切である」という視点から、あらゆる世代に必要な楽しくて美味しい味わい教育と食物教育を実施し、食物の大切さや本来の価値を認識し、生き物の命や生き物が生息している環境を大切にする人を育てることを目標としている。著書に『生活紀行~しじみの話』(学習院新書)、『アサリと流域圏環境』(恒星社厚生閣)等。