お茶の水女子大学 浜野隆教授に聞く 非認知能力の育み方[1]ARTICLE

第1回:非認知能力「3つの力」とは

ダヴィンチマスターズでは子どもたちの非認知能力を向上させる様々なプログラムを展開してきています。
では改めて、非認知能力とは何か。育むためにはどのような機会が必要なのか。あるいは予測不能な社会を生き抜くためにどのように役立つのでしょうか。
お茶の水女子大学の浜野隆教授に聞きました。
1回目は非認知能力とは何か。どのような「体験」をすれば育まれるのか。高いお金を払って「体験」すれば、非認知能力をより高めることができるのか。解説していただきます。

非認知能力の「3つの力」

非認知能力は大きく分けると3つの力で説明することができます。

[1]目標達成力:粘り強さ・忍耐力、自己コントロール、自己効力感(「やればできる」感)、意欲

[2]他者と協働する力:相互に対話して他者と協力できる社会性、思いやり、利他性、共感、信頼、協調性

[3]感情コントロール力:失敗しても「大丈夫」「次は成功する」と気持ちをコントロールできる自信・楽観性、自尊心、自信

 

3つの「力」はそれぞれの力は相互に関係しています。

目標達成力は「信念=思い込み」が重要

「目標達成力」の「目標」は、こうなりたい、こういうことを達成したいということがあったときに、それを達成するにはどうしたらいいかを考え、行動する力です。
目標は大きくても小さくても構いません。
例えばスポーツの試合に勝ちたい、テストでもっといい点を取りたい、中学受験に合格したいといった目標水準があったとして、達成するにはどうしたらいいのか。どういうことを我慢しなければならないのか。
あるいはなかなか思うようにいかず挫折することもあるでしょう。その際、立ち直れるかどうかは、「信念」を持っているかどうかにもよります。

「信念」は心理学ではマインドセットという言葉を使います。
スタンフォード大学心理学教授のキャロル・S・ドゥエックの著作『やればできるの研究』によれば、マインドセットには「グロースマインドセット」と「フィックストマインドセット」があります。
目標達成力を高めるのは「成長マインドセット」「しなやかなマインドセット」とも呼ばれる前者。
能力は固定されたものではなく、自分が努力することや関わることによって変えていけるという考え方です。
そして本人がそう信じている(信念)=思い込み(深く信じこむこと)だけで、意欲を奮い立たせることもできるといいます。

他者と協働する力は多様性が進む社会で必須に

「他者と協働する力」も非常に重要で、自分以外の人と関わることによって、より大きな目標を達成していけるようになります。
特に、異質な他者との関わりの中で協働する力を発揮していくためには、思いやりや利他の心が重要になるでしょう。そしてこれはおそらく、AIで代替できない分野です。

日本社会は近い将来、多様な人によって構成されるようになると予測されます。例えば外国人が増えれば考え方の多様化が進みますよね。
私立の一貫校に通うなどして自分と似たタイプの人に囲まれた学生時代を過ごすと、その時はラクかもしれませんが、実社会では多様な人たちと関わらなければならなくなるわけです。
ですので多様性が進む社会において今後は、他者に共感する力が非常に大切になると考えています。

思いやりを持つことができると「感情コントロール力」が付く

協働性で必要とされる思いやりを持つことができると、自制心が発達するという研究があります。
そして自制心、つまり感情コントロール力は目標達成力に深く関わってきます。自分はやれば何かを変えることができる。ここでちょっと頑張れば、1点でも2点でも点数が上がる──。
この自己効力感(「やればできる」感)は、「何かで失敗しても次はうまくいく」と思えるレジリエンス(挫折から立ち直る力)にもつながっていくと考えられます。

「体験」は高いお金を出せば買えるわけではない

非認知能力を育むために「体験」が重要だという考え方が一般的になってきています。でも、「非認知能力」は高いお金を出せば買えるわけではありません。
私自身調査しましたが、学力(認知能力)は家庭の経済力の影響が強く出やすいものの、非認知能力は経済力との関係が低く、貧富に関わらず高められると考えられます。
もちろんお金を出してする「体験」で非認知能力が高まることはあるでしょう。とはいえ特別な体験を買わなければならないということはありません。むしろ普段から各家庭でできることが、非認知能力を高めると考えられます。

その基盤となるのが、「アタッチメント」です。

「共有型のしつけ」は非認知能力の基盤を築きやすい

アタッチメントは日本語で言うなら愛着です。親子の間に愛着が形成されているということが、子どもに安心感を与え、それが生きていく上で最も大切な基盤になると考えられます。
良い成績を取るなど「良いこと」を達成できた時だけ褒められるのではなく、ありのままの自分で愛される、ただそこに存在しているだけで愛されると子どもが感じられることが重要です。

そのためには幼少期、特に乳児期に絶対的な親子の愛情を経験し、成長するプロセスの中で、親子の情緒的な結びつきを強めていくこと。
具体的には一緒に食事をする、一緒に本を読む、親が子に読み聞かせをする、一緒に遊ぶ、一緒に楽しい経験をすること。
これを私は「共有型のしつけ」と表現しているのですが、楽しい時間を一緒に共有することは、子どもの情緒的な安定につながります。
そして親子の情緒的な信頼関係が安定している子どもほど、自尊感情・自己肯定感が高い傾向が見られ、何かにチャレンジしやすくなる──つまり非認知能力の基盤を築きやすくなります。

しつけには「共有型」「強制型」「自己犠牲型」があると考えられますが、親が子どもの気持ちや親子の触れ合いを大切にし、一緒に楽しい時間を過ごす「共有型のしつけ」スタイルの中で育つ子どもは、語彙力が高いことも明らかになっています。
難関試験合格者の幼児期、親は子どもを思い切り遊ばせて、読み聞かせもたっぷりするという共有型しつけを取る傾向があるのです。

難関試験を突破した人の親が子どもの就学前に意識的に取り込んでいたこと

[1]幼児期に思い切り遊ばせた

[2]遊びの時間を子どもたちと過ごすことが多かった

[3]絵本の読み聞かせをたくさんした

[4]子どもの趣味や好きなことに集中して取り組ませるようにした

 

遊び込める環境と同時に安心して戻れる居場所の確保を

非認知能力が最も高まるのは幼児期と言われています。そこで上記のような調査が行われたわけです。
この中でまず注目したいのが、「没入・楽しめるもの」に取り組ませていること。「遊び込む」という表現を使うのですが、「遊び込む経験が多い年長児ほど、学びに向かう力は高い」(※)という調査結果もある通り、何か特定の課題に集中して取り組むとか、我を忘れるくらい没入していくということが、非認知能力との関係が深いと言われています。

また他者との関わりや協働(人と協力することによって「1+1」が2以上になったことを実感する経験、「誰かのため」になる経験、気持ちがつながった経験)によって、思考力・判断力・表現力等を育むと同時に、人間関係を豊かにする力を身に付けていくこと。それこそお金で買える経験ではありませんよね。

なおかつ経験を積む中で、重要なのが安心して戻れる居場所の確保です。夢中になって楽しんでいるときでも、他者との関わりの中でも、失敗してしまうことはあります。そのときに、責めることなく自分を励ましてくれる人や、いつも変わらず応援してくれる人の存在、そして安心して戻ることができる居場所があることが、子どもには必要です。

※出典:ベネッセ教育総合研究所の2016年8月30日のプレスリリース「幼稚園や保育園で“遊び込む経験”が多いほうが『学びに向かう力』が高い~園での経験と幼児の成長に関する調査~」(リンク

 

子どもが条件付きの愛しか感じられなくなっていないか

もし子どもが「成功したときだけ愛してもらえる」「うまくいったときだけ褒められる」と認識していたら危険です。
その裏返しは「失敗したら責められる」「うまくいかなければ自分は愛されない存在」=条件付きの愛しか感じられていないからです。

無条件の愛を示すという意味においては、親子で一緒に何かをするのはよいでしょう。特に親が好むことをすることで、自分と同じような仕草や表情を行う相手に好感を抱く「ミラー(ミラーリング)効果」も期待できます。
最近では親のメンタルヘルスが子どものメンタルヘルスに影響するという研究もあります。親自身が充実した人生を送り、子どもと一緒に楽しむことが大切なのです。

といって、これまでの習慣を劇的に変えることは難しいものです。どの部分を変えたらいいのか、できるところから変えていくことをお勧めしたいと思います。

非認知能力を育むには認知能力も必要

では学校教育においてはどうでしょうか。非認知能力を育む体験の機会が少ないと感じているとしたら、認知能力の教育に割く時間が長いからではないかと思います。学校教育は、学習指導要領に則ったものですから、やむをえない面もあります。
教育はトレードオフですので非認知能力を育む時間を増やすためには、何かを削らなければならなくなります。だからといって認知能力の教育を減らせばいいのかというと、そこが難しいところです。計算できたり文字を覚えられたり、漢字が書けたりといった認知能力の達成経験は、非認知能力の向上にもつながっていくからです。
2020年の教育改革では、「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の資質・能力の3つが柱になっています。つまり、認知能力・非認知能力、どちらも伸ばしていくことが求められています。

実際、学校の活動などで非認知能力が上がったという報告例も出てきています。
学校行事でも体験型が増えたことも関係しているでしょう。
先日、劇作家の平田オリザさんとお話ししたのですが、演劇教育は非認知能力の向上にとても有効だと言われています。これは演劇には言葉やパフォーマンスが欠かせないことが関係しています。

もともと日本の学校生活では、学芸会、体育祭(運動会)、修学旅行などの宿泊行事、生徒会……いろんな体験活動が組み込まれていますので、これらが有効に活用されれば、十分に非認知能力を上げることができるといえるでしょう。
ただ学校での体験活動で非認知能力を高められるかどうかは、やはり、家庭が安心できる基盤になり得ているかどうかが関係してきます。
家庭が条件付きではない愛を感じられ、安心して戻ることができる居場所になるように、まずは親のメンタルヘルスの確保も大切なのではないでしょうか。

2回目に続く

プロフィール

浜野 隆(はまの・たかし)
お茶の水女子大学 基幹研究院 人間科学系 教授。
名古屋大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。2004年からお茶の水女子大学に勤務し、主に教員養成を担当。都教員研修センターで教員への教育評価について指導する。専門は「学力と教育政策」。文部科学省委託の「全国学力・学習状況調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究」の研究代表として家庭の社会経済的背景と学力、非認知的スキルの関係を分析。著書に『教育格差の社会学』(共著、有斐閣)、『世界の子育て格差―子どもの貧困は超えられるか』(編著、金子書房)など。

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