お茶の水女子大学 浜野隆教授に聞く 非認知能力の育み方[2]ARTICLE

第2回:AIで代替できない仕事にこそ役立つ非認知能力

ダヴィンチマスターズでは子どもたちの非認知能力を向上させる様々なプログラムを展開してきています。
では改めて、非認知能力とは何か。育むためにはどのような機会が必要なのか。あるいは予測不能な社会を生き抜くためにどのように役立つのでしょうか。
お茶の水女子大学の浜野隆教授に聞きました。
2回目は学力などと異なり、数値化しにくい非認知能力が、これからの社会を生き抜くうえで、どのように役に立つのかについて。

時代が変わっても子どもが将来生きていく力に確実になる

非認知能力の3つの要素は、おそらく時代や社会が変わっても、大切なことだと私は思います。

[1]目標達成力:粘り強さ・忍耐力、自己コントロール、自己効力感(「やればできる」感)、意欲

[2]他者と協働する力:相互に対話して他者と協力できる社会性、思いやり、利他性、共感、信頼、協調性

[3]感情コントロール力:失敗しても「大丈夫」「次は成功する」と気持ちをコントロールできる自信・楽観性、自尊心、自信

この3つの非認知能力を付けられるようにサポートしていくことは、子どもが将来生きていく力に確実になると思います。

私たち研究者の世界も競争が激しく、失敗はつきものです。
一つの失敗で折れてしまう、大変実力はあるのに人間関係を築けない、感情をコントロールできずに一生を棒に振るなど、さまざまな理由で挫折していく人がいます。
自分をコントロールし感情を制御する力、他者と関わり協働していく力は、社会が大きく変わっても必要な力だと思うんですね。

今の親御さんは子どもが失敗しないようにと、さまざまな情報を仕入れようとする傾向が強いかと思いますが、就職活動などに直面すると失敗も挫折も味わうことでしょう。
重要なのは、失敗したとき立ち直ることができる、感情をコントロールできる力なのです。

20年後の社会は常に予測できていない

20年後の社会は、どのような変化を遂げているのでしょうか。
文部科学省の資料によれば、オックスフォード大学准教授のマイケル・A・オズボーン氏は「今後10~20年程度で、アメリカの総雇用者の約47%の仕事が自動化されるリスクが高い」と予測。
またニューヨーク市立大学のキャシー・デビッドソン氏は「2011年度にアメリカの小学校に入学した子供たちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」と予測しています。

これだけ見ると、確かに予測の難しい世の中だと感じるかもしれません。

でも今から20年前、今の世の中をどう予測していたかというと、1999~2000年ごろはIT革命によって多くのIT関連ベンチャーが設立された時期で、これからはテレワークの時代だ、通勤の必要がなくなるなどとITによって生活が一変するなどと言われていました。
ところが現状は、通勤の形態は従来と大きな変化はありませんし、テレワークもあまり普及していません。
予測とは、そういうものなのです。

「主体になる」ことが求められるようになる

では正解のない予測の中で、比較的正確に予測できるのは、20年後の日本は人口が減っているということ。超少子高齢化が進む一方、地球全体の人口は増えていく中で、国内の多様性が増す可能性が高くなるということです。

異質な他者と共生し、協働する力は20年後の日本ではますます不可欠となっていきます。
その中でより良い社会づくりに参画する「主体になる」ことが求められるようになります。
一方で子どもたちの勉強の動機になりがちなのが「お金持ちになること」です。それは一見合理的なようでいて、社会全体の損失につながりかねない考えです。
「稼げるようになること」は動機であって、教育の本質ではありません。教育は、持続可能な社会づくり(SDGsの達成)の主体となるためになされるべきなのです。

今は恵まれた環境にいる人も、もしかしたらその環境を失うときが来るかもしれない。誰だって弱さやマイノリティ性は持っているものです。そういうことを支え合う社会をつくっていくことが大切なのではないでしょうか。

「セルフ・コンパッション」が高い人ほど積極性も高い

ところで、社会が変わる中で、今後もAIに代替えできない仕事は何かを聞かれることがあります。
少なくとも、セラピスト、ソーシャルワーカー、作業療法士、聖職者は、AIにはなかなか代替できないでしょう。なぜなら「共感力」や「独創性」が求められるからです。

そして共感力や独創性を身に付けるためには、自尊感情、自分を肯定する力は大切です。

そのためには「セルフ・コンパッション」=自分を許し、自分に優しくすることが必要です。
人は何かに失敗したときに、自分を責める傾向がありますよね。自分はダメだとか、成績が悪いと「すみません」と謝る。とかく失敗に関して自分を責めてしまうんです。
でも、セルフ・コンパッションが高い人のほうが、物事に積極的になるということが分かっています(※参照:有光興記(2014)セルフ・コンパッション尺度日本語版の作成と信頼性,妥当性の検討.『心理学研究』85, 50-59.)。
自分を思いやれるほど他人も思いやれる。自分に甘いと堕落して成績が落ちるということはないのです。

また心を『今』に向ける「マインドフルネス」によって、否定的な考えを「受け流す」ことも自尊感情、自分を肯定する力を引き出すために有効です。

さらに最近注目されるのが、ACT(アクセプタンス&コミットメント、セラピー)です。

感情を手放すことで目の前の課題に着手できる

ACTはマインドフルネスの考えを取り入れつつ、アクセプタンス(受容)と子ピットメント(実行)に焦点を当てた行動療法です。
思考やイメージ、記憶をあるがままに認識し、現れるがまま、去るがままにさせます。そして感情にも居場所を作り、それと戦ったり逃げたりせず、「そのまま」にさせます。
心を開いて「いま、ここ」での経験に100%注意を向けるわけです。
観察する自己に気づき、自分が大切だと思う価値を明確にして、行動に移すんですね。すると、自分がとらわれていた感情──怒りや憎しみが「その程度のことだった」と気付けるわけです。

人は経験を積むほどに、何かをすることで後悔をするのではないかという心配をします。でも感情は去るがままにしておけば自然に去りますし、手放せるものだというわけです。そして感情を手放すことで、目の前の課題に着手できるようになる。
つまり、挫折や逆境があっても自分で立ち直ることができるようなるために、有効だというわけです。

感情を手放すことで目の前の課題に着手できる

では最終的に20年後を生きる子どもたちには今、どんな教育機会を与えていくべきなのでしょうか。
これは、子育ての最終的な目標が「自立」だということをもう一度認識したうえで、考えていただきたいと思います。

今ある大学、企業、職業が20年後どうなっているか分からないまま、多くの保護者の皆さんが「良い教育を」と「先回り育児」をしがちです。子どもに失敗させないように、転ばぬ先の杖を作ってしまう。
そうやって「これがいいよ」「あれがいいよ」という先回り育児をしていると、受動的な子どもになるような気がしませんか?

できるだけ自分で考え、判断し、失敗したら親が情緒面でサポートをする。
挫折や逆境があっても自分で立ち直ることができるようにしてあげることが、子育ての最終目標である自立につながると私は思います。小さなつまずきはいっぱいしたほうが、大きなつまずきを防ぐことにもなります。

自立に必要なのは非認知能力だけではありません。認知能力と非認知能力が相互関係にあり、その交差するところにある(認知・非認知両方の要素を含む)のが、創造性や批判的思考力であり、本当に必要な力です。

20年後といわず、10年後、2030年を見据えてSDGsに貢献できるように、自分ができることしたいこと、すべきことをとことん考える力を、子どもたちにも皆さんにもつけていっていただければと思います。

プロフィール

浜野 隆(はまの・たかし)
お茶の水女子大学 基幹研究院 人間科学系 教授。
名古屋大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。2004年からお茶の水女子大学に勤務し、主に教員養成を担当。都教員研修センターで教員への教育評価について指導する。専門は「学力と教育政策」。文部科学省委託の「全国学力・学習状況調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究」の研究代表として家庭の社会経済的背景と学力、非認知的スキルの関係を分析。著書に『教育格差の社会学』(共著、有斐閣)、『世界の子育て格差―子どもの貧困は超えられるか』(編著、金子書房)など。

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