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2018年04月04日 17:20

学習院大学文学部教育学科教授 飯沼慶一先生インタビュー[前編]

2018年1月28日(日)に開催された「第5回 ダヴィンチ☆マスターズ」で、「犯罪科学捜査に挑戦!」という科学捜査によって犯人を見つけるコンテンツを提供してくださった学習院大学の飯沼慶一先生。小学校の教員を目指す学生を教える先生は、長年、小学校で教鞭をとられていました。そんな飯沼先生に、子どもに必要な「体験」について、お話を伺いました。前後編でお届けします。

今の子は「体験下手!?」
親自身にも「体験」が少ない

ダヴィンチ☆マスターズ編集(以下、──):
飯沼先生は小学校で長年教鞭をとられていらっしゃいましたが、今の子どもたちに感じる特徴はありますか?

飯沼慶一先生(以下、飯沼):
昔に比べると “待っている子” が多いですね。ある意味、「体験下手」になっている。要因は様々ですが、一つは学校教育の在り方ですね。最近でこそ方向性が変わってきましたし、2020年の教育改革による変化に期待が持たれていますが、まだまだ体験に重きを置いた授業にはなっていないでしょう。これからですね。

他にも物質的・社会的な環境の変化などがあげられますが、一番の問題は親でしょう。今の親世代は、どちらかというと学力中心主義の時代を育ってきた人たちです。学力中心だと、どうしても体験の時間は削られるので、体験下手になる。すると子育てにおいても当然、親が子どもに体験を提供できるようにはならないですよね。

──学歴偏重の傾向の中で、すでに親自身も外遊びが苦手になっているという話はよく聞きますね。

飯沼:私が感じているのは、いろいろな体験をしている子とそうでない子が両極端に分かれてきているということです。今、大学(教育学科)に入学した小学校教員を目指す学生を調べてみると、1~2割の学生は多くの自然体験を経験しているのに対して、生まれてから約20年間でキャンプをしたことがない学生は約6割もいます。教員を目指す学生なので、必修で自然体験させていますが‥‥。

これは、やはり家庭の問題が大きいですね。親自身の外遊びの苦手意識から、子どもには体験の機会を与えていないということです。

外で遊ぶよりゲームで遊ばせていたほうが手はかかりません。自然との関わりも、人との関わりも、疑似体験で終わらせることができるのがゲームです。それこそ、自然の中で遊ぶのが当たり前だった環境のよい田舎の子どもたちまで、家でゲームばかりしています。また、登下校も親の送り迎えで車という家庭も多いので、地方だから体験が豊かとは必ずしも言えなくなってきています。

ただ、ゲームがすべて悪いわけではありません。現代の子どもたちにとっては、大切な友達とのコミュニケーション手段であり、これからの導入が決まったプログラミング教育などでは、創意工夫や論理的思考が育まれるという利点はあります。

──自然豊かな田舎なら、きっと季節の遊びも得意だと思ってしまうのですが、そうではないんですね。

飯沼:そうですね。これに輪をかけるのが少子化です。一人っ子が多く子ども1人に「父母+祖父母×2」という、大人が6人で干渉する時代です。自分の家の子どもが、かわいくて仕方がない。だからいつまでも頼られるのを待っているし、少しでも危ないことをしようとしていると感じたら、親が先回りして「危ないから」と貴重な体験を止めてしまう。

程度にもよりますが、少々危ない体験のほうがおもしろかったりしますよね。ところが安全志向だから、危ない遊びは子どもが体験する先に制止する。すると、当然子どもの危機管理能力が落ちてくるし、探求心の芽を摘んでしまう。

だから外遊びの時間に、虫捕りをしたくてもただボーっと見ているだけで自分で何とかしようとせず、どうしたらよいかわからない子がいたり、原っぱを走り回っていても鉄条網が危ないことがわからなくて突っ込んでしまったり、転ぶときに手でかばうことができなくて顔をすりむく子ども増えてしまいました。

自然体験教室に意味はある?

──確かに、日常にある小さな「危ないことを体験する」機会すら、大人が奪っている気がします。「触ったら汚い」とか「ケガするからやめなさい」とか。遊び方も変わってしまっていますし。

飯沼:ゲーム中心の遊びで、家の中で遊んだり、公園でさえゲーム機を持ってきて集まってじっとしていますよね。

もちろんゲームだけが悪いわけではなく、地域社会が崩壊してきていることも大きな原因になっています。例えば兄弟姉妹がいなくても、近隣の異年齢の子どもたちが一緒になって遊べば、縦のつながりの中で、上のお兄ちゃんお姉ちゃんから教えてもらうことがあるはずなのですが、それがすっかりなくなっているんです。体験においては、上から下へ受け継がれるものも重要です。これは学校の授業だけで補えるものではなく、地域社会でも何とかしていかなければという段階にきています。

──現状への危機感や「自然体験をさせなければ」と考える大人も増えているためか、「自然と触れ合う体験を子どもに提供するための旅行をする」家庭や、「自然体験教室」といった教室に通わせる家庭も増えてきているようです。でも、そもそも「自然と触れ合う」のが「与えられた自然環境」でいいものか、迷うところです。

飯沼:体験の中身にもよりますが、機会を与えることそのものは否定しません。やらないよりやったほうがましですから。自然学校などは全国にできていますよね。子どもたちがこうした場所に出向き、様々な自然体験をするというのは有効だとは思います。イベントだったとしても、全く体験しないより、お膳立てがされていたとしても体験するほうが有効ではあるんです。

イベント型で注意すべき点は、人目にとまるような、子どもがワッと喜ぶようなことをしてそれで終わりにしてしまわないことが大切です。学校教育の現場では、1回だけ体験して喜ばせればいいという教育はしません。体験も取り入れたカリキュラムの中で、どのように興味関心・技能・思考力・知識を定着させていくかに重点を置くことになります。つまり、単発ではなく時間をかけ、いろいろな能力が子どもたちの中に定着していくようにしているのです。

「センス・オブ・ワンダー」に必要なこと
一緒に感動を分かち合う大人の存在が大切

──学校での体験学習だけでは足りないと感じる親が、イベントに参加して、その後、どうするかということでしょうか。

飯沼:そうですね。保護者自体が、例えば「ダヴィンチ☆マスターズ」のようなイベントで学んだことをヒントに、家で子どもとともに繰り返したり、発展させたりできるようにするといいでしょう。

環境保護のパイオニアとして知られる米国のレイチェル・カーソンの最後の著書『センス・オブ・ワンダー』(訳書は新潮社)の中で大切なことが述べられています。センス・オブ・ワンダーとは、「誰もが生まれながらにして持っている、神秘さや不思議さに目を見張る感性」であり、この感性を保ち続けるためには、一緒に感動を分かち合う大人がそばにいる必要があるということです。

彼女はまた、親自身が自然への知識が少ししかないと感じていたとしても、親としてたくさんのことを子どもにしてあげられると指摘しているんですね。例えばそれは、子どもと一緒に空を見上げて、夜明けや黄昏の美しさ、流れる雲や星を見て発見したり、感動したりすることでもいいわけです。大事なのは、子どもにだけ体験させるのではなく、“親子で体験して一緒に感動する” ことだというわけです。

──確かに、「自分たちでは何をしたらいいのかわからないから、専門家に任せよう」と、丸投げになってしまう親も少なくないかもしれません。そもそも「“体験”とは何?」で迷ってしまいそうです。
飯沼:体験とは、“子どもの目線になる” ということだと思います。例えば通学路ですが、大人の足なら10分で着く道なのに、子どもが一緒だと30分かかってしまうということはないですか? どうしてだろうと思ったら、ぜひ子どもの視線で見えるものを見てみてください。すると、子どもが何を発見しているのかが見えてくると思います。親子で一緒に歩いてみて、子どもが発見したもの、気付いたものを「おもしろいね」とか「触ってみようか」というように、一緒に感じ取ったり行動してみたりすることで、「体験」になります。
──なるほど。登下校の道を自転車で効率よく送り迎えするのではなく、一緒に歩くだけでも発見があるわけですね。

飯沼:あとは、休みの日にドンと自然の中に連れ出すとか。ある意味、親自身がいっぱい遊べばいいんですよ。自分たちが楽しんでいれば、子どもも一緒に楽しむようになります。

気を付けていただきたいのが、子どもが自発的に何かやろうとしたときに、「だめ」「時間がないから」「汚れるから」「危ないから」などと頭ごなしに否定をする親の言葉です。転ぶ前から転ぶからだめだよと言っていたのでは、いつまでたっても転び方も習得できませんよね。このあたりは家庭内で話をして、例えばお母さんがつい口が出てしまうのであれば、お父さんはドンと構えておくといった具合に、バランスが取れているといいですよね。

──「飯沼慶一先生と考える「体験」【後編】」に続きます。

■ 2018年1月28日(日)開催の『ダヴィンチ☆マスターズ』の様子はこちら

プロフィール

飯沼 慶一
学習院大学文学部教育学科教授。大阪生まれ。大阪教育大学大学院修士課程修了。立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科博士後期課程単位取得退学。私立成城学園初等学校で小学校教員を23年務めた後、2013年度より学習院大学に着任。著書に「ワクワク!ドキドキ!おもしろ実験室」(共著、成城学園初等学校出版部2009)、「学校環境教育論」(共著、筑波書房2010)、「せいかつ上 みんななかよし」「せいかつ下 なかよしひろがれ」(生活科教科書・指導書、共著、教育出版2012)など。